55人中ビリの成績…学生時代荒れていた青年が建築屋を始めた理由

ヤンチャだった彼が建築屋日本一を目指す

株式会社 辰

森村 和男

55人中ビリの成績…学生時代荒れていた青年が建築屋を始めた理由

建築屋として“人の道を外さない”ことを大切に、柔軟な思考でデザイン建築を作り続ける株式会社辰。お客様に心から喜んでもらうために、快適性やデザイン性、さらに“文化”を建物に加えることを重視しています。そんな株式会社辰の代表取締役社長 森村和男さんに、建築業を始めたきっかけや求めている人材についてお話を伺いました。

ヤンチャな学生時代、何をやっても中途半端な自分を変えたのは自転車の旅

 

――学生の頃から建築業を仕事にしようと思われていたのですか?
 

高校生の時はいつも55人中ビリの成績で、学生時代はだいぶ荒れた生活を送っていました。だから、僕の脳みそは今でも中学3年生で止まっているんですよ。それで大学受験も諦めて、工学院の夜間に通いながら、建築会社に入社しました。

夕方5時50分から夜の9時20分まで講義、9時40分から少林寺拳法部で活動していて、うちに帰るとだいたい11時半。それから周りについていくために勉強の予習復習をやって、寝るのは深夜1時か2時。それでも昼間は建設会社で働いていたから、とにかく講義を聞いていても眠くて仕方ない。それで、思い切って学校を辞めてしまいました。
 
 

――そこからどのように現状を変えられたのですか?
 
自転車の旅に出たんですよ。ちょうど沖縄が返還される前の年昭和44年、19歳初夏に1年以上かけて日本と台湾の海岸線を自転車で1周しようという計画で、地元の千葉県岬町から出発しました。
 
旅の目的としては2つあって、1つは台湾で蒋介石総統に会うことだったんだけど、残念ながら病気療養中で会えませんでした。それでも、花蓮県の県長さんとお会いして、日本の青年である僕からのメッセージを伝えることができた。もう1つの目的は自分探しで、本当に進むべき道は建築でいいのかどうかも含めて、自分の人生をよく考えてみる時間を持とうと思ったんだよね。
 
結局、自転車の旅を通して、自分を無にして考えることができたので良かったんだけど、この旅で得られたものってこれと言ってなかったんです。それでも自分の故郷に帰ってきて、町の名前が書かれた看板が見えた途端、膝が崩れるほどにボロ泣きしてしまった。そして、この一瞬の感動のために、人は大変な思いをしたり、苦労したり、喜んだりするのではないかなと感じました。これが今の僕の原点になっていて、常に後悔しない生き方をしたいと思うようになったんだ。
 
 

――今もその一瞬のために、この仕事を続けていらっしゃるんですね。
 
そう。工事の現場監督って、正直言って大変ですよ。だけど、やり遂げたという達成感の大きさと自分が携わった建築物がずっと残っている喜びって、他の仕事ではないと思うんだよね。今でも子供や孫に自分の建てた建物について誇らしげに話していますよ。
 
 

人情深くて職人気質の父の影響が今の会社にも根付いている

 

――建築業界の仕事を選ばれたきっかけを教えてください。
 
うちは祖父の代から続いている建築一家で、親父が大工の棟梁だったからかなと思います。小学校の時の父親参観日には、周りの父親がスーツを着ている中で、うちの親父だけ大工の棟梁の半纏(はっぴ)を着てくるの。それが当時は恥ずかしかったんだけど、今ならあれが父にとっての一張羅だったということがわかるので、自慢に思いますよ。
 
考え方にも親父の影響は大きいね。人の道を外したようなことをした時だけは、すごく厳しい面もあったけど、同じ目線で悲しんだり、泣いてくれて、とても優しくて人情深い人でもあった。それに「さしがねは大工の命だ!」なんて言う親父の職人気質が、自分が作った株式会社辰の骨になっているんじゃないかと思っていますよ。
 
 

――人情深くて職人気質という考え方を、具体的にどのように会社に根付かせておられるのでしょうか?
 

社員一人一人に渡している手帳があって、社是や年間計画、中期計画が書いてあります。そこには、個人的な行動目標も各々が手書きで記入するようになっているんだけど、僕の行動目標は一日一人、自分より能力のある人に会うということです。
 

例えば、電車の中で小学生が上手にゲームをやっていたら、僕にはとてもできないから、「すごいね」って声をかける。そうやって人を認めたり、尊敬したりすることって大事だよね。あとは、絶対顧客という考えがあって、沢山のお客様と浅くお付き合いするのではなく、数は少なくても深い関係のお客様を大切にしていこうというのを会社としても浸透させていますよ。
 
それから、大事にしているのは嘘をつかないということ。僕は結果も大事なんだけど、やっぱり、プロセスがもっとも大事で、プロセスがないものに結果は絶対ついてこないと思っています。
 
 

株式会社辰の社是は「信義は万事の基」であり、「人の道を外れない」という父からの教えにも通じている。
 
 

“ひょっとすると”と言い続けることで、ひょっとしてくる

 
――お父様のお考えが株式会社辰に根付いているということから、職人気質な社風である印象を受けました。社員は男性の方が多いのでしょうか?
 
それが工事部全体の20%強が女性の社員です。女性の現場監督は今現在7名いて、そのうち現場の所長が2人いて、第一線で現場で陣頭指揮をとっています。この女性の現場監督の人数の多さは、株式会社辰が日本一なんじゃないかと思っているんですよ。
 
僕は社員に向かって「うちの会社は日本一になるぞ」って日本一宣言をしているんだけど、僕はひょっとしたらっていう言葉が好きで、ひょっとするとって言い続けてると、ひょっとしてくるんですよ。ひょっとしたらって言わないと、ひょっとしないのよ。
 
 

――他にも、“ひょっとして日本一”を目指されているものはあるのですか?
 
売り上げだけを追うことは簡単で、普通のビルを作れば売り上げだけは伸びる。でも、そのためには借入金も必要になってきます。うちの場合は、まったくの無借金でこだわりの建築の建物しか作っていないから、この分野で日本一になろうと思っているんだよね。著名な建築雑誌に施工した建物が掲載された件数という指標で、この2年調査してきたんだけど、大手や競合もたくさんいる中全体の7位だったんですよ。
 
でも、7位で喜ぶのではなく、本気で日本一を目指しています。うちは本当にこだわったお客様からしか依頼されないからこそ、絶対に勝ちたいと思っています。
 
 

建築雑誌に掲載された件数日本一を目指し続けている
 
 

入社は結婚と同じ、情熱のある人と一緒に仕事がしたい

 
――株式会社辰では、どんな人材を求めていますか?
 
ずばり、情熱のある人です。建築が好きっていうことが絶対条件だね。未経験だけどやってみたいと思う人なら、建築の勉強なんて関係ない。やりたいことならすぐに覚えられると思います。来年入ってくる6名のうち、3名は未経験者です。
 
建築っていうと、一見、プロフェッショナルやスペシャリストのようなイメージが強いんだけど、僕は違うと思っています。職人ならばスペシャリストだけど、僕たちの仕事は分かりやすく言うと、オーケストラの指揮者で、知識を持って全体をまとめていかなければならない。
 
新卒採用の面接のときに「あっ、この人いいな」と思ったら、僕はその場で内定を出すことにしています。でも、同時に他の会社も受けてみるようにも言っている。入社って縁だから、結婚と一緒だと思っていて相思相愛でないのなら入るべきじゃないと思っているんだ。だから、まずは自分のことや会社のことをオープンに説明していかないとダメだと思うんだよね。
 
 
株式会社辰森村社長の笑顔
「入社してもらうことは、結婚してもらうことと同じ」と笑顔で語る森村社長。
 
 

これからも人に喜ばれるために進んでいく

 
――今後、森村さんが挑戦されたいことはありますか?
 
今、千葉で農地を約900坪くらい使って農業をやってるの。だから僕は、半分経営者で半分農家なんですよ。そこでは、ときどき社員や社員の家族を呼んで収穫祭をしているんだ。今後は、そうやって自然の中で暮らしたいと思っている。
 
それから、青春時代に自転車で走破した道を妻と一緒に車で一周したいとも考えているよ。
 
会社としては、僕の考え方を継承してもらいたいけど、売上100億までは目指したい。そこまでいったら、こだわりを持った人とこだわりの建築に磨きをかけて、さらに自分らしい建築をしたい。お客様で自分で改修工事をやってみたいって人がいたら、それを指導することも会社としての仕事になるかもしれないし、これからはさらにいろんな可能性が出てくると思うんだよね。
 
やっぱり、仕事ってお客様が困っていることを形にしてあげることであり、お客様に寄り添うことが一番大切だと思うんだよね。顧客第一なんて世間一般的な言葉なんだけども、結局は人の道を外れないこと、親父が大切にしていたことが今の自分と株式会社辰の根本なんだろうね。
 
 
 

森村 和男

株式会社 辰 代表取締役社長
 
▶︎  株式会社 辰
HP:http://www.esna.co.jp
 
株式会社 辰は、建築の専門企業として生まれました。個性的で一風変わった建築が大好きなメンバーとともに世界にたったひとつのオリジナル建築に愛を注ぎ、さらにお客様のご要望を超えていきます。